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管理職ユニオン・関西は個人で加入できる労働組合です。

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定年後の3年目雇用契約更新での闘い         メタボな老兵

 私は2年前の2014年3月に60歳定年を迎え、それ以後嘱託社員となり製造現場で自動車用金属加工部品の検査及び梱包作業に従事してきました。この間の2年間の賃金は定年前の団体交渉で勝ち取った世間の平均的な定年再雇用賃金よりも多少多めの金額で就労し、毎日肉体労働とはいえ気楽に何のストレスも感じる事無く、粛々と仕事をこなしてきました。そして、3年目の嘱託社員契約更新を控えた約4ヶ月前の昨年12月初めに例年通り同一賃金での契約更新要請を管理職ユニオン・関西を通じて会社側に申し入れしたところ、今回の会社側回答は、月2万円のダウン、年間にして24万円減給提示という不利益変更でありました。どうやら嘱託社員の就業規則に規定された賃金規定のダウン率(勝手に作成して労働基準監督署に届けたものと思われる)を理由に減給してきたものと思われました。会社側としては、これで十分勝算ありと踏んで回答してきたものと予想はつきましたが、黙って引き下がる訳にはいきません。早速団交申入書をFAXし、仲村書記長とO執行委員を交え作戦会議を実施。そして年初の1月7日、組合では今年最初の団体交渉が私の会社(八尾市上尾町)で行われる運びとなりました。
 今回の会社側は従来の団交対応とは違い、弁護士も雇わず、自分の会社へ呼び付ける
(今までは全て弁護士会館で団交)という横柄な対応で、益々私の戦闘意欲が燃え上がったのであります。団交当日は近鉄河内山本駅まで仲村書記長とO執行委員に来て頂いて出迎えし、バスに乗り換え会社に案内。会社の応接室にて社長と総務部長が出席して団交開始。会社側から今回の減給理由の説明があり、案の定、就業規則を持ち出して賃金が下がるのが当り前のような口ぶり。そこで、私からこの2年間の仕事内容が全く変わってない事と減給されるような働き方をしていない事を社長に強く反論したところ、私の仕事ぶりは評価しているので改めて契約条件を要求書として提出するよう態度を軟化。これを受けて同一価値労働・同一賃金は労働契約法20条で規定されている事やこの法理に違反する不当労働行為をあくまで行うなら団体行動権を行使してビラまき、街宣行動の強硬手段に出ることを組合からの要求書として提出した結果、会社から3年目も従来と同様の同一賃金で更新するとの回答があり、あっ気なく決着。団交から2週間余りでのスピード解決でありました。
 今回の闘いでは、会社からの不利益変更に対しては、何があっても闘う姿勢を取り続ける事が肝要であるということと同じ仕事をしている限り賃金は下げられないという事を改めて実感し、この勝利は、これから同じような問題に直面する方々への良い参考事例になれば幸いと思っています。   (機関誌「FACE」20号より)

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職場でのパワハラ

私は、H19年からシューズショップに勤務していました。  入店時はアルバイトだったのですが、H20年12月に当時の店長が定年退職されるのを期に社員採用になり、チーフが店長代理となって運営していました。
 H22年の4月に、派遣社員として現店長が赴任して来て、暫くは何事も無く過ぎましたが、1ヶ月程経過した5月26日に事件が起きました。
 店長が接客していた時、精算の際にトラブルが起こり、補助に着いていた私は本社からの指示通りの対処法を伝え、その場は無事済んだのです。しかし、暫くすると店長に呼ばれ「さっきの対応はどういう事か?」と訊かれ、「全スタッフが実行している本社からの対応法をお伝えしました」と伝えると、「納得出来ない。会社の信用に関わる大問題だ。直ちに始末書を書く様に」と言われ、何を言っても聞き入れて貰えず、納得出来ないまま書いてしまいました。
 終業時間になり、帰宅準備をしていると店長が来て「職場での"言葉遣い"についての誓約書を書く様に」と言われ、私だけか?と尋ねると、全員に書いて貰うとの事だったので渋々書いたのですが、後日、私だけに書かせていた事が判りました。
 その日から私に対する『パワハラ(言葉の暴力と不平等な扱い)』が始まり、何かにつけて風当たりがキツクなり、同僚に愚痴を零しながら耐えていました。日増しにエスカレートしていき精神的にいき詰まり、前店長に相談した所「いざという時の為に、日々の出来事(言われた事等)をメモする様に」とアドバイスを受け、それでも足りなくなってからは録音もし、我慢の限界が来たH23年5月に、本社の上司にコピーを送り相談しました。
 数日後の本社会議で店長の言葉遣いに対する指導が有り、言葉は緩和されました。しかし私への扱いは変らず、更に増長し、上司からの店長の態度についての問い合わせが有る度「言葉以外は何も変らない」と訴え続けました。「指導はしているが、メモやCDにはパワハラに匹敵する様な言葉は見当たらない」の返答のみで改善は無く、その後も店長は自分のミスは棚に揚げ、他のスタッフのミスには寛容なのに、私の業務ミスのみを本社に報告し続け、ある日、私宛の『業務改善命令書』が本社から届きました。
 私は途方に暮れ、労働基準監督署に相談に行きました。『パワハラ』は管轄外で充分な対応が出来ないと言われ、日を改め労働相談所にも行き、アドバイスを受けながら勤務し続けていました。12月に入って本社から「12月×日に、本社に出頭する様に」という指示書が届き出向いた所、人事マネージャーから『退職勧奨』を言い渡され、体は震え、冷や汗が流れ頭がまっ白になりました。返答には3,4日猶予を与えると言われ、帰りの飛行機内では涙が止まりませんでした。
 再度、労働相談所に報告・相談に行った所、担当の方が「貴方の現状に充分に対応する為には、労働組合の方が良い」とのことで、その日、管理職ユニオン・関西を訪ねました。今迄の経緯を説明し、その場で加入し、勧奨の返答の対応策を教えて頂きひと安心ました。 
 返答の期日にドキドキしながら電話をし、組合に加入した事を伝え、教え通りに答えたら逆切れされ、夜中迄、延々2時間責め続けられました。もう暫く時間を与えるからもう1度考える様にと言われ、電話を切りました。翌日、担当執行委員に経緯を報告に行くと、即会社に電話を入れ「彼女はうちの組合員だ。退職勧奨は受けない。即刻取り下げろ。今後は組合として対応させて貰う」と一喝して下さり、会社はその電話で「退職勧奨」を取り下げました。とても心強かったです。そして、今後の職場での心の持ち方や対応の仕方等を教えて頂きました。
 しかし、その後も店長の態度は変る事無く、厳しい状況の中での勤務が続き現状改善の為の会社、店長、組合、私の4人での団交を申し入れ、H23年1月×日に団交を行いました。当日、店長の姿は無く会社の人事、営業のマネージャー、直属の上司の店舗管理担当の3名での出席でした。この日は双方の言い分を伝え合い、店長との直接面談の場を改めて持つ様再要求し、会社はそれを約束し終わりました。ミーティングという形で、日程は1月×日に決まり、会社2名と店長に私1人で臨んでみる事になり参加しましたが、店長は私が訴える『パワハラ』に対し「憶えが無い」の一点張りで、ことごとくシラを切り、3対1で追い詰められ、成す術も無く、話し合いには程遠い意味の無い結果に終わってしまいました。
 2月に入り、本社から再度「2月×日に来社する様に」という指示が届き、今度は遠方の××県××市への『転勤命令』を言い渡され、「家庭の事情で遠方への転勤は出来ない」と答えると、「場合によっては検討するので、拒否する明確な理由を提示する様に」と言われた事を担当執行委員に報告し、再度、店長、組合を交えての団交の申し入れをして貰いました。当日、やはり店長の姿は無く、追求すると「今回の辞令は本人の業務能力に対するもので、店長との事は一切無関係で面談の必要は無い」と約束を破棄し、私に対する報告書を読み上げ、証拠不十分と『パワハラ』の存在を否定し、今後も店長との接見も考慮しないと言われました。そして転勤については月末迄に理由の報告をするという事で話が終了したにも関わらず、当方の連絡を待たず、28日に人事から「3月1日付けで異動」の辞令を出したので、準備を進める様にと連絡が入りました。辞令を断れば業務命令違反で私を『解雇』に出来ると非常手段に出て来たのです。会社は私との交渉が始まって以来、ずっと弁護士に相談しながら先手先手を打って来ている様でした。そこで、業務命令違反を回避するため3月からストライキに突入しました。
 その後もこちらから日を指定し団交の申し入れをしましたが、期日を過ぎても返答が無く、問い合わせをすると、担当の人事マネージャーが無連絡のまま退社していました。何時も担当とは名ばかりの決定権の無い人材ばかりが参列しては話を持ち帰り、後日返答するの繰り返しで時間が経過するばかりで中々進まないのに、これで更に長引くのかと焦りました。数日後、引継ぎ担当の総務から、団交の日程を延期して欲しいとの連絡が有り2週間先延ばしになり、当日、総務、営業の2名が参加しました。こちらの要求を一切受け入れようとする姿勢が見られず、「これ以上は時間の無駄だ。そう言う態度なら決裂と見なし、抗議行動をさせて貰う」と席を立った時、「これ以上の長期化はお互いに不利益なだけ。最短解決法は『金銭的解決』だが、当方から金額提示は出来ない。そちらから提示して欲しい。」と言われ、後日、要求提示をしましたが、会社からの答えは案の定「応じられない」で、会社に好都合な一方的な内容の和解文を送り付けて来ました。
 その後も、電話やFAXでのやり取りを繰り返しながら、団交もしましたが折り合わず、
平行線の攻防が続く中、「次回の団交はサポートに回るので、自分で直接、現状への不満をブチマケテみては?」と担当執行委員から提案がありました。実行した所、今迄とは違う<手応え>の様な物を感じた気がしましたが、結果は変らず『最後通告』の様な文章が届いたのです。組合事務所から電話で再度、抗議の直談判(あくまでも態度を変えないのなら,非人道的な会社だと社会に訴え、訴訟も考えている)をし、相手に有無を言わさず電話を切ると言う強行手段に出、今度はこちら側の和解提案文を送りました。それが功を征したのか、数日後、経過確認の電話をしてもらったら「会社が折れた」と返答が有り、8ヶ月に渡る交渉が終結しました。
 結果は100%納得のいくものでは有りませんが、会社の余りにも強行な態度に、自分のしている事は正しいのか?と不安に苛まされ、何度も心が折れそうになった時も、執行委員のいつも私の気持ちを第一に考え、寄り添い、毅然とした態度に励まされここまで辿り着けた事、組合の方々やこれまでに関わって頂いた全ての方々に感謝の気持ちで一杯です。
 再就職と言う問題も有り、まだまだ前途多難ですが、今は満足感・充実感で満たされています。今後はこの貴重な体験(今回学んだ事・諦めない気持ち等)を、誰かの為に役立てればと思っています。本当に有難うございました。
組合員 F

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Let it go!(解決編)もう寒ないわ〜ぃ!

私の会社は3年前に3期連続の赤字決算、債務超過となり、銀行からの資金調達も打ち切られ、翌月の給与支払いも危ぶまれる倒産寸前の状況に陥りました。銀行を介して、その状況を知った親会社の会長は、資金調達と引き換えに当社の株式の大半を保有して、経営権等の一切を手中に収めました。たちまち旧役員陣を解任し、新役員を送り込んで、旧体制の解体が始まりました。役員ばかりでなく、新体制に不要な技術部門や営業部門、経理部門の部長以下の社員もどんどん退職勧奨され不利益な退職を余儀なくされ、会社を去っていきました。当時私は営業部の課長でしたが、私には何の説明も通知もないまま、主任に降格され、給与も28%減額されました。その時組合に即加入していれば、と悔やまれますが当時の私は弱気で「会社が買収されたんやから耐えなしゃあない…」と何の抵抗もできませんでした。  それでも私が辞めないのに業を煮やし、会長の実子の社長からの様々な私への攻撃が始まりました。私を社長のお抱え運転手扱いし、社長出社時のお迎え、私用社用関わらずの送迎を命じたり、他人が作成した書類上の些細なミスの責任を、私に擦り付けて、始末書を書かせたり、汚い言葉で罵倒したりとやりたい放題にひどい仕打ちを受けても3年耐えてきました。しかし社長から「今ここで退職届を書いて出せっ!」と怒鳴られての退職強要は、弱気だった私の闘争心を目覚めさせました。即座に管理職ユニオン・関西に加入し、第1回目の団体交渉を行い、会社の非を糾弾していく姿勢となり、会社からの攻撃を止められるようになりました。

〜団体交渉を重ね、解決へ〜
2014年4月11日の第1回の団体交渉以来、月1回のペースで団体交渉を行いました。争点は親会社社長のパワハラ・退職勧奨、私に組合加入と団体交渉をやめさせようと詰め寄った親会社会長の不当労働行為です。

私に偉そうにわめき散らしていた社長は、団体交渉の席では、文字通り借りてきたネコのように大人しくなり、「そんなことは言ってません…」と繰り返し、会長は逆に虚勢を張ってるのか、「そんなことは絶対言うてないっ!」と強く否定していました。
(人は自分に都合の悪いことは「そんなことは言ってない」、「そんなことは覚えてない」とすぐに言う生き物です。あとで、「言った、言わない」のトラブルを防ぐ為、闘うためには必ず音声記録を残しましょう。証拠があるとないでは大違いです)
しかし、組合の仲村書記長とO執行委員から何度となく鋭い追及をしていただくうちに、会社側は、こちらが確たる証拠を持っていて自らの非を認めざるを得ない状況に追い込まれていき、会社の非は認めて今後そのようなことはしないようにするから、解決したいと申し入れてきました。それに対してこちらは、会社が非を認めるなら謝罪をするよう申し入れました。会長は、経営者が一従業員に対して謝罪なんかしたら他の従業員に対して示しがつかない、恥になると思っているようで、なかなか承知しませんでした。しかし組合の要求に応じないのであれば、話し合いによる和解はなくなり、出るとこへ出て第3者の判断を仰ぐことになると危機に感じたのか、ついに謝罪も含んだ解決をしたいと返答があり、2014年9月にようやく円満に解決することができました。

これもひとえに仲村書記長はじめO執行委員ほか団体交渉に参加頂いた組合員の方、ご声援頂いた組合員の皆さんのおかげと、ひしと感じて、感謝しております。本当にありがとうございました。

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あれから6年が過ぎ・・・今回の団交報告

化粧品製造メーカーに入社して10年が経った頃、退職勧奨と、配置転換を受け、これがきっかけで平成19年に12月管理職・ユニオンに加入しました。心身ともに疲弊しきっていたため、団交、中労委は大変辛く文書作りなど困難でしたがOさんやAさん、応援してくださった皆さんのお蔭で何が何だかわからないうちに長い1年半が終わり、気が付けば雇用の確保は出来ていました。
その後、毎年数回、団交を継続して約6年が経ち(60歳定年退職まで)会社との対峠が続きました。団交のお蔭で少しずつ会社に居やすくなり、以前は苦痛でしかない勤務が少しずつ改善されてきました。
ご存じのとおり年金制度の改定で、60歳時には満額支給されないため定年退職したいのは山々ですが、継続雇用することにしました。
今回、会社から提示された継続雇用の内容はあまりにひどい条件でした。仕事の内容は全く同じなのに不利益変更だらけで同意できないため団交をすることになりました。嘱託といってもパートタイマーで時間給になるため収入は激減です。協議中で合意がないまま定年退職の日に到達し、その翌日、出社すると「契約書に印を押さないのなら雇用契約がないので働くことはできない」と強引に就業を拒否され、やむなく帰宅しました。これはショックでした。前代未聞です。
その日中に、仲村さんから会社の代理人に交渉「仮契約」を提案して承諾され、翌日から勤務可能となりました。その速さには感動するほど驚きました。なんと心強かったこと。そして、この度、最初の条件より大幅アップのパートとしては破格の時間給で合意することになり近々正式契約する見込みです。帰らされた日の報酬も支払うように要求してくださり支給されることになりました。困って電話してから仲村さんの素早い行動力には本当に感謝、感謝です。そして、仲村さんから言われたこと「諦めない!」です。今回の団交で諦めない強い気持ちと継続することの大切さを今更ですが痛感しました。
「絶対に絶対に絶対に諦めない」チャップリンの言葉でしたね。
これからは契約更新6か月に一度のペースでベースアップ等について会社と向き合って残りの4年を頑張ろうと思います。
これからも応援宜しくお願い致します。ありがとうございました。 Z

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リストラ出向→元職に戻せ! 裁判で和解!

2013年4月に人事権の濫用を訴えて大阪地裁堺支部に提訴した裁判も2014年9月17日に「10月1日付けで出向を解除し、復職させる」ことで和解しました。
しかし慰謝料は取れず、元の職場に復職できなかった(というよりさせなかった)ことで決して満足している内容ではありません。
先行している東京の訴訟の過程で“退職勧奨マニュアル”が暴露され証拠として提出されてから急に会社側の態度が軟化してここまで来ましたが、リコーが反省しているとはとても思えません。
復職してからも警戒を続けて行かないといけません。
早期に和解すればブラック企業大賞にもノミネートされずに企業イメージが非常に傷つくこともなかったのに、裁判で引っ張るだけ引っ張って敗訴が確定しそうになったので和解したという感が拭えません。
あと管理職ユニオン・関西のメンバーの励ましが無ければ闘うことは出来ませんでした。
10月からは出向先から元の会社(リコージャパン)に戻りますが、今後も手を変え、品を変え会社側が色々と仕掛けてくると思われます。
会社の姿勢を変えるためには声をあげ続けることがまだまだ必要です。おかしいことはおかしいと言える会社に変わるまで戦い続けたいと思います。
(MU組合員 F)

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喫茶店・店長さん〜未払い残業代等を支払わせた!

 会社は多少高級感のある喫茶店をチェーン経営している。当該は喫茶店の店長として17年間勤め上げ、一昨年4月に定年退職となった後に契約社員として再雇用された。
 当該は本当にお店を大切にしていて、長時間労働も厭わず働き、ファンとなってくれていたお客さんも大勢いた。休みの日などには、お客さんに誘われて一緒にランチすることも多かったという。多数ある店の中で、当該が店長を務めていた売上も常に上位のほうであった。
 ところが、昨年突然配置転換と店長からの降格を言い渡されたのである。理由ははっきりしない。一つには、当該が、1ヶ月300時間にも及ぶ長時間労働に加え、立ち仕事のために、足が内出血して腫れあがる状況になったため、会社に対して人員補充を求めたことがきっかけとなったようである。また、当該が、会社の会長が店のアルバイトの女性にちょっかいを出そうとしたことに抗議したことも関係しているかもしれない。当該はプライドを持って仕事をしてきたこともあり、我慢できずに昨年9月末をもって自己都合で退職した。組合に相談に来たのは、すでに退職届を出して有給休暇を消化している時であった。相談の直接のきっかけは、組合で実施したホットラインがテレビ報道されたので、それを観てということ。
当該は最初一生懸命働き貢献してきたのに、塵くずのように捨てられたとの怒りで一杯。ともかく一矢報いたいとの気持ちであった。そこで、組合で当該から色々事情を聞いていくと、退職金はわずか25万円、残業代は正社員時代も再雇用後もほとんど受け取ったことがない、社会保険料も誤魔化されているようだ、等いろんな問題が浮き上がってきた。中でも噴飯ものは、再雇用後の契約書に、残業代を支払わないと明記していたことであった。残業代を支払わない会社は多々あるものの、そのことを堂々と契約書に明記しているのは、私も初めて見た。
団交は10月初旬から11月下旬にかけて計3回。未払い残業代の支払いを中心に据え、退職金規定の確認や社会保険の誤魔化し等についても追及することとした。すでに退職後ということも影響していたのだろう。会社の対応は、正面衝突を避けて、さっさと終わりたいという感じ。残業代については、過去2年分のタイムカードの提供に応じ、タイムカード通り支払うと約束。また、社会保険料についても、さすがに誤魔化していたとは言わないものの、申告に誤りがあったことを認め、65歳から平均余命までに当該が蒙る損害(年金額が少なくなること)については補填すると約束。給与規定についても提示してきたが、残念ながら退職金にかかる規定はなかった。ともあれ、以上のようなところを基本線として、丸める形の金額で和解成立となった。

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裁判報告

私達の勤めていた会社は、6年前から一転しました。社長と部長の意見に服従しなければ人事で恐ろしい目に合うと、戦々恐々とした職場環境になったのです。そしてそれが私達にふりかかり現実のものとなったのです。

私達は約20年間務めてきた会社で社長と部長からパワハラ行為を受けるようになりました。また会社のパワハラ委員会の窓口に相談したにもかかわらず、無責任な対応をされました。
その時、偶然にも北村さんを紹介してもらい、会社と対等な立場で交渉できることを仲村さんからお聞きし、組合に加入いたしました。仲村さんをはじめ皆さんの協力のもと団体交渉とビラ撒きで訴えたことで、ようやく会社は調査をしましたが、社長と部長に軽い処分しかせず、それで全てを終結させようとしました。そこで私達は、残業代も支払われていないことや、社長と部長のパワハラ行為に対して、訴訟を提訴したのです。
私達はパワハラ行為を受けた証拠をかき集め、元社員や仲村さんをはじめとする組合員の方々の協力を得て答弁に臨みましたが、会社は相変わらず責任を認めようとはしませんでした。
提訴から1年半ほどたってから、裁判官から和解協議を勧められました。私達は、判決をもらい世間に公表したいと思っていましたが、裁判官からの説得や会社側から和解に応じたいとの意向、また周囲からの賠償金を払うということは会社も非を認めたということでもあるという意見などを頂き、和解に応じることにしました。
会社を正すことはできないにしても、私達の行動で会社へ一石投じたこと、正義を貫くことを支援してくれた仲村さん、北村さんはじめ皆さんと出会えたことは今後の私達の人生において大きな意味があったと感じています。少しでも世の中が良くなるよう、この経験を糧に、新たなる人生に向けて、前向きな一歩を踏み出していきます。
3年間にわたる会社との闘争では、沢山の方々に支援を頂きました。苦しい状況になっても希望を持つことが出来たのは、支えて頂いた方々がいたからこそです。それは何よりも心強く思いましたし、深く感謝しております。本当にありがとうございました。                          組合員 I、K

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管理職ユニオン・関西に加入することによって、二度の退職勧奨をはね返す

ゼネコン大手のS工業大阪支店勤務のAさん、企業内組合と管理職ユニオン・関西の二重加盟の組合員である。一回目の退職勧奨は、2007年11月から12月にかけてだった。この時のAさんは、戦力外通告を受け、派遣会社登録を進められた。経過は、次の通りであった。

『上司に呼び出され「A君は今、ポストにふさわしい仕事をしていない。能力が出せるところが他にあるだろう」と始まった退職勧奨……。週があけて二回目の訪問で、管理職ユニオン・関西に加入しました。
 社内組合に入っていながら、社外組合に入ることにより、今後社内で起こってくる予想もつかない不安が起こってくる』とAさんは述べている。組合加入前と加入までのAさんの心境である。
 11月27日、東京本社人事部からAさんに直接電話で12月1日「東京本社へ出頭するように」と命令が下った。上司が言っていた「人事部に回ってほしい。提携先の人材派遣会社が新しい仕事を探してくれるだろう」との業務命令するための呼び出しでした。その後のことをAさんは、『これより12月4日にかけて、私も、会社も、社内組合もめまぐるしく動きました。その契機になったのが、管理職ユニオン・関西からの団体交渉申入書でした。このような会社に「団交申入れ」の一石を投じたのは、どうやら社内史上かつてなかったようでした。4日、会社は社内組合の役員を通じて、白紙撤回を伝えてきました』と、振り返っている。管理職ユニオンとしての行動は、担当専従が会社と企業内組合へ数回の電話をしただけでした。
 大阪支店内のこれまでの職場を確保したAさんに、社内組合の役員は脅しをかけてきた。「何とかしてやった。管理職ユニオンを脱退せよ。脱退しなければ、規約改正して除名するぞ」と。もちろんAさんは、自分がやる気にさえなれば頼りになる管理職ユニオン・関西を脱退することはなかった。社内労組も除名の手続きは取らなかった。労働条件の不利益変更があれば、まず「社内組合に要求をぶつけて取り組みをお願いする」、万一ダメなら「管理職ユニオンで団交」をという対処方法を、Aさんは体得した。企業内組合も、Aさん一人を除名するための規約改正など行なわず、今日に至っている。
 二回目の退職勧奨の今回は、会社更生法下の退職勧奨である。1000名の希望退職募集に応じるように、Aさんは肩たたきにあった。2009年3月7日に企業内組合の通信が出ている。概略を示すと、「当社は3月3日に臨時取締役会の決議を経て東京地裁に会社更生法の適用申請を行ないました。同日、申請は裁判所に受理され、会社資産に対して、保全命令が出されました。 (略) 会社更生法の手続きは倒産ではなく、事業を継続しながら会社の再建を図るものです。当社の経営全般は裁判所の選任した保全管財人に移行しており、今後、組合は組合員の労働条件等について担当の管理人(弁護士)と協議していきます。組合員の皆さんも突然の会社更生法申請に大きな衝撃を受け、不安を抱かれていると思います。生活維持のために絶対の必要となる従業員の給与については、当面これまで通り支払われることが確認されています」とし、資料として、会社更正手続きの手順の表、上部組織の支援体制が箇条書きされていた。管財人の決定後、1000名の希望退職募集があり、結果的には人員達成が出来なかった会社は、個人面談と称した“肩たたき”を始めたのです。Aさんはその対象にされ、二度目の退職勧奨を受けることになった。個人面談には応じたが、Aさんは前回の経験から、大阪支店での現在の業務を要求しました。しかし、会社更生法下での全国の支店の統廃合・縮小で、大阪支店のAさんの部門も縮小するという。支店長から「君の仕事はない。希望退職に応じないのであれば、総務部付けになる」と言われました。この話で、Aさんはこれから先の不安が大きくなり、管理職ユニオンの担当専従と相談の結果、とにかく更生会社管財人へ団体交渉申し入れと、企業内組合へ「現在の職場と業務が続けられるよう交渉してほしい」と、同時申し入れをすることにし、実行した。
 管財人とその担当代理の弁護士名で団交拒否の回答書がきた。参考のために文面を紹介しておきます。「貴殿らの6月11日付団体交渉申入書に対し、次のとおり回答します。貴殿らは、S工業鰹]業員A氏が管理職ユニオン・関西に加入し、同人の地位・身分その他について団体交渉権を有することを前提として、S工業鰍ノ対し、同人の配置転換について団体交渉の申入れをなされておられます。しかしながら、A氏は、S工業職員組合の組合員であり、S工業鰍ヘ、同組合との間で、同組合がS工業鰍ニの団体交渉をする唯一の相手方であるとの労働協約を締結しております。したがいまして、S工業鰍ヘ、貴殿らの団体交渉申入れに応じることができないことをご回答申し上げます。」というものであった。こうした管財人回答の行なわれる中で、退職勧奨はなくなり、Aさん、職員組合大阪支部長、管財人担当代理(大阪担当の弁護士)らでの話は進行しました。
 担当専従は、Aさんよりの報告を受け相談をする中で、対応のアドバイスを続けました。併せて、管理職ユニオン・関西として管財人と大阪支店長宛てに文書を送りつけました。二重加盟組合員の考え方の参考になるので、ポイントだけ紹介しておきます。「組合員A氏は、貴社の職員組合の組合員であっても当管理職ユニオン・関西の組合員としての団体交渉権は法的に成立しており、貴社の回答内容は労働組合法第7条の不当労働行為となります。現在、組合員A氏は、貴社職員組合による運営協議会に諮られておりますが、近日出される結果により、再度団体交渉を申入れ致しますので、宜しくお願いいたします。なお、その際、今回と同様の回答書内容を理由に団体交渉に応じない場合には、団体交渉拒否として大阪府労働委員会に不当労働行為申し立てをすることを言い添えておきます」。
 こうした攻防の中で、Aさんへは「大阪では希望職場が確保できないので、東京転勤とし、現在と同じ業務内容とする」との配転が告げられました。Aさんも、会社の現状、経済的なこと、家族(奥さん、中・高校生のお子さん)のことを考え、単身赴任することを決意しました。



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